患者さんと医師が学ぶ、医療説明責任義務:最高裁判所判例の考察。
医療説明責任義務は、最高裁判所 平成18年10月27日判決「コイル塞栓術」つまり「未破裂動脈瘤手術」における担当医師の説明義務の事例研究のポイント、医療最高裁判例の事案概要を考察した。
最高裁判所のリーディング判例(平成13年11月27日第三小法廷判決「乳房温存療法」)を紹介、説明義務違反の構成要件判示。
医療裁判は、損害賠償命令が出ても患者さん側が敗訴。
スタジオレイ提言「医療の現場の穏やかさ」です。
医療説明責任義務
今回の考察は、患者さんと医師のどちらも関係する医療法学学です。
医療現場に住む「魔物のボス」です。
題材が最高裁判例を用いています。
読むと難しいので、当方のセミナーならバッチリ残りますよ。笑
事例:「未破裂動脈瘤手術」における担当医師の説明義務
(最高裁判所 平成18年10月27日判決「コイル塞栓術」)
「未破裂動脈瘤」の手術における、担当医師の説明義務違反の論点は、
- 開頭手術
- コイル塞栓術
など選択される術式に伴う問題点を説明したか否か、そして
- いずれの手術を選択するのか、
- いずれの手術も受けずに保存的に経過を見ること
とするのかを患者さん側に
- 熟慮する機会を改めて与えたか否か
などにより判断されるとされた最高裁判例により考察します。
事例研究のポイント
- 担当医師は、外来診療の際は、満点の説明義務を果たしているのに何故?
- 病院の都合(手術室予約?)による急ぎ過ぎか?
- 決めるのは、医師ではなく、患者さんである。
- 患者さん側が不安を伝えているのに、担当医師は、気付けなかった・・・。
- 医療の不確実性(医師は神ではない)。
- 医療裁判は、担当医師らの手技等についての過失認定がなされなくても、損害賠償(医師側が敗訴)が言い渡される現実。
医療最高裁判例の事案概要(平成7〜8年)
平成7年11月10日:
患者(大学教授)さんは、講義中に意識障害を起こし、B病院において「一過性脳動脈虚血」発作の可能性を指摘された。
同月下旬頃:
同病院において頭部の造影CT検査を受けたところ、「左内頸動脈分岐部付近に動脈瘤が存在する」ことが疑われ、国立Y大学病院(以下、Y病院という)の脳神経外科を紹介された。
平成7年12月18日:
造影3次元CT検査を受けた。
平成7年12月22日:
同科のC医師は、検査の画像の所見から、左内頸動脈分岐部付近に動脈瘤が存在することがほぼ確実になったと告げて、
- 動脈瘤の治療をするためには脳血管撮影を行う必要があること。
- 現時点で治療を全く希望しないのであれば、脳血管撮影を行う必要がないこと。
- 脳血管撮影ではカテーテルを動脈内にはわせるので、低い確率ではあるが、脳血栓等の合併症があり得ること などを説明した。
平成8年1月19日:
患者さんが、脳血管撮影を受けることを希望したことから、脳血管撮影が行われたところ、Aの左内頸動脈分岐部に上向きに未破裂脳動脈瘤(2月28日の測定によると最大径が約7.9mm)が存在することが確認された。
平成8年1月26日 :
C医師は、患者及び患者の妻に脳血管撮影の所見を説明した上で、
- 脳動脈瘤は、放置しておいても6割は破裂しないので、治療しなくても生活を続けることはできるが、4割は今後20年の間に破裂するおそれがあること。
- 治療するとすれば、開頭手術とコイル塞栓術の2通りの方法があること。
- 開頭手術では95%が完治するが、5%は後遺症が残る可能性があること。
「コイル塞栓術では、後になってコイルが患部から出てきて脳梗塞を起こす可能性があること」 を説明した。
同日、C医師は、また、患者らに、
- 治療を受けずに保存的に経過を見ること。
- 開頭手術による治療を受けること。
- コイル塞栓術による治療を受けること。
- いずれを選ぶかは患者本人次第であり、治療を受けるとしても今すぐでなくて何年か後でもよいこと。
旨を告げた。
平成8年2月23日:
患者さんが、C医師に対して開頭手術を希望する旨を伝えたことから平成8年2月29日に、Y病院でAの動脈瘤について開頭手術が実施されることとなった。
Y病院に勤務していたD教授は、Aの動脈瘤については開頭手術が相当であると考え、C医師に開頭手術の実施を指示していたが、平成8年2月27日の手術前のカンファレンスにおいて疑義が生じた。
- 開頭手術はかなり困難である。
- まずコイル塞栓術を試してみてもよいのではないか。
この結論は、翌日の2月28日に動脈瘤造影を行い、コイルの挿入が可能であると判断できればコイル塞栓術を実施するという方針が決まった。
上記カンファレンス終了後:
C医師ら医師は、患者及び患者の妻に、開頭手術は危険なので、コイル塞栓術を試してみようとの話がカンファレンスであったことを告げ、開頭しないで済むという大きな利点があるとして、コイル塞栓術を勧めた。
E医師は、これまでコイル塞栓術を十数例実施しているが、全て成功していると説明した。
しかし、患者さんが「C医師が以前、後になってコイルが出てきて脳梗塞を起こすおそれがあると話しておられたが、如何なのでしょうか?」 と質問したところ、E医師は、うまくいかないときは無理をせず、直ちにコイルを回収して、また新たに方法を考える旨を答えた。
平成8年2月27日のC医師らの説明は30~40分程度であった。
平成8年2月27日夕方(手術前日):
患者らから「翌日の2月28日にコイル塞栓術を実施すること」の承諾を得た。
平成8年2月28日(手術当日):
動脈瘤造影が行われ、Aにはコイル塞栓術の実施が可能であると判断された。
当日の午前11時50分ころ、E医師は、カテーテルによりコイルの動脈瘤内への挿入を開始したが、予定どおりには進行しなかったため、平成8年3月1日には脳死状態となり、同月13日に死亡した。
患者の妻及び2名の子は、
- 担当医師らコイル塞栓術の手技等についての過失
- 説明義務違反
もあったと主張して、Y病院を設置運営するY(国)に対して、不法行為に基づく損害賠償を請求した。
裁判官の意見(1)
最高裁判所のリーディング判例(平成13年11月27日第三小法廷判決「乳房温存療法」)を紹介
最高裁判所は、まず、医師は患者の疾患の治療のために手術を実施するに当たっては、「診療契約」に基づき、特別の事情のない限り、患者に対し、
- 当該疾患の診断(病名と病状)
- 実施予定の手術の内容、
- 手術に付随する危険性、
- 他に選択可能な治療方法があれば、
- その内容と
- 利害得失、
- 予後など
について説明すべき義務がある。
また、医療水準として確立した療法(術式)が複数存在する場合には、 患者がそのいずれを選択するかについて熟慮の上判断することができるような仕方で、それぞれの療法の違いや利害得失を分かりやすく説明すること が求められると解される。
* 最高裁判所リーディング判例(平成13年11月27日第三小法廷判決「乳房温存療法」)を紹介。
裁判官の意見(2)
医師が患者に予防的な療法(術式)を実施するに当たって、医療水準として確立した療法(術式)が複数存在する場合には、
- その中のある療法(術式)を受けるという選択肢。
- いずれの療法(術式)も受けずに保存的に経過を見るという選択肢。
が存在し、 そのいずれを選択するかは患者自身の生き方や生活の質にもかかわるものである。
また、上記選択をするための時間的な余裕もあることから、患者がいずれの選択肢を選択するかにつき熟慮の上判断することができるように、医師は各療法(術式)の違いや利害得失について「分かりやすく説明すること」が求められる。
その上で、C医師らは、患者Aに対し、
(A):
- 開頭手術では、治療中に神経等を損傷する可能性があるが、治療中に動脈瘤が破裂した場合にはコイル塞栓術の場合よりも対処がしやすいのに対して、
- コイル塞栓術では、身体に加わる侵襲が少なく、開頭手術のように治療中に神経等を損傷する可能性も少ないが、動脈の塞栓が生じて脳梗塞を発生させる場合があるほか、動脈瘤が破裂した場合には救命が困難であるという問題もあり、 このような場合にはいずれにせよ開頭手術が必要になるという知見について「分かりやすく説明する義務」
があったと判示しました。
更に、患者Aが開頭手術を選択した平成8年2月23日の後の2月27日の手術前カンファレンスにおいて、
(B):
内頸動脈そのものが立ち上がっており、動脈瘤体部が脳の中に埋没するように存在しているため、おそらく動脈瘤体部の背部は確認出来ないので、貫通動脈や前脈絡叢動脈をクリップにより閉塞してしまう可能性があり、開頭手術はかなり困難であることが新たに判明したというのであるから、
担当医師らは、Aがこの点をも踏まえて
- 開頭手術の危険性
- コイル塞栓術の危険性
を比較検討できるように、患者Aに対して、上記のとおりカンファレンスで判明した開頭手術に伴う問題点について「具体的に説明する義務」があったと判示しました。
以上のことから、
担当医師らは、Aに対し、(A)(B)を説明をした上で、
(C):
- 開頭手術とコイル塞栓術のいずれを選択するのか。
- いずれの手術も受けずに保存的に経過を見ることとするのか。
を「熟慮する機会を改めて与える必要があった」と判断しました。
その上で、最高裁判所は、担当医師らの説明義務違反の有無は、
仮に機会を与えなかったとすれば、それを正当化する特段の事情が有るか否かによって判断されることになるとしました。しかるに、原審(控訴審)は、上記の各点について確定することなく、
- 上記(A)及び(B)の説明をしたか否か、
- 上記(C)の機会を与えたか否か、
担当医師らに説明義務違反がないと判断したものであり、この判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるとして、原判決のうち「説明義務違反を理由とする損害賠償請求に関する部分」は破棄を免れないとし、上記部分について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻しました。
その後、差戻審は、担当医師らの説明義務違反を認めましたが、説明義務違反と死亡との間の因果関係は否定し、患者Aの人格権(自己決定権)が侵害されたものとしての慰謝料請求と弁護士費用を認めました。
説明義務違反の構成要件判示
最高裁判所は、担当医師らの説明義務違反の有無は、
- 前記(A)及び(B)の説明をしたか否か、
- 前記(C)の機会を与えたか否か、
仮に機会を与えなかったとすれば、それを
- 正当化する特段の事情が有るか否か
によって判断されることになるとしました。
以下は、下級審に対する意見
しかるに、原審(控訴審)は、上記の各点について確定することなく、
担当医師らに説明義務違反がないと判断したものであり、この判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるとして、原判決のうち説明義務違反を理由とする損害賠償請求に関する部分は破棄を免れないとし、上記部分について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻しました。
その後、差戻審は、担当医師らの説明義務違反を認めましたが、説明義務違反と死亡との間の因果関係は否定し、患者Aの人格権(自己決定権)が侵害されたものとしての慰謝料請求と弁護士費用を認めました。
判決内容
担当医師らの説明義務違反を認めましたが、
- 説明義務違反と死亡との間の因果関係は否定。
- 患者Aの人格権(自己決定権)が侵害されたもの
としての慰謝料請求と弁護士費用を認めました。
この医療裁判は、患者さん側が敗訴
気付いかれたでしょうか?
医療側も患者さん側も医療べ現場でトラブルのこの客観的事実が重要なのです。
患者さんが亡くなってから10年もの長い年月が流れた結果です。
医師の技術的なところは課題になっていないのです。
家族の「担当医師らの手技等についての過失を問う」という思いはどこへ行ったのでしょうか?10年も待ちわびた思いはどうしたのでしょうか?
裁判は、患者さんが手術で亡くなったことは論点でありません。
なぜなら、診療契約は、結果を約束した契約ではないからです。
顕微鏡の世界の過失は司法(裁判官、弁護士)には、荷が重たすぎるように考えます。
担当医も10年間思い出したくもない過去へ引き戻される閉塞感の中で生きてきた10年間だったと思います。
なぜなら、医師は悪人ではありません。
どちらかといえば素直で良い想いのある人です。
善人は、振り返ります。苦しかったと察します。
=スタジオレイ提言=
これが、医療訴訟の成れの果てなのです。
患者さんも医療側も何を得たのでしょうか?「損を得た」のでしょうか?
現代は、司法の限界を呈していると考えます。事前協議を大切にしてくださいね。
患者さんと医師は、何が大事かと言えば、医療の目的を忘れないことが大切です。
提言は、「医療の現場が穏やか」ではないでしょうか。
"医療安全推進ネットワーク"より引用
日本医師会が運営
医療安全推進者ネットワークとは:
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